09.闇の花束
下野に布かれた陣中で、幸村と政宗が拠点防衛の話をしている時だった。
敵方の出城を奪うのに、予想以上に戦力を費やしてしまったため、できる限り兵を温存し、敵方を撤退させる方法を思案していると、珍しく静かにしていた幸村が突然口を開いた。
「政宗殿はあまり忍びを扱い慣れぬようにお見受けするが…」
出し抜けに無礼な物言いをされ、政宗は思い切り顔をしかめた。
その様子に、幸村は慌てて言葉を付け足す。
「も、もちろん黒脛巾衆のような隠密事を主とする者ではなく、戦忍びのことにござる」
「で?俺がどうそいつらを扱いなれないって?」
あからさまに不機嫌な政宗の視線を受けて、幸村は自分の失言を大いに悔やんだ。真田忍び隊というかなり特殊な忍びを扱っている彼にとっては至極当然な言い分であっても、一般的にみれば、今幸村の腹にある作戦は、一種博打のような戦術なのだということを失念していた。
しかし、今更それを引っ込めるわけにもいかず、幸村は意を決して話し始めた。
「この出城、空にしてはいただけぬか」
「…何?」
政宗の表情がさらに険しくなる。
「ようやく落とした出城を敵に返すのか」
「否。空は空でも、影の潜む”虚(うつほ)”にござる」
「待った」
制止の声は、いつの間にか偵察から戻っていた佐助からだった。
「冗談。真田の旦那、いくら竜の旦那の前でいいとこ見せたいからって、俺様の仕事増やさないでくれよ」
「誰がそのような事を…」
「その前に首尾を聞こう」
2人の言い合いが始まる前に、政宗が口をはさんだ。佐助は少し肩をすくめ、見てきたばかりの敵の様子を報告した。
「兵糧はもって3日、補給路は先日竜の旦那が断ったところ以外になし。退路は…指示通り開けてはいますがね、警戒して動いてきませんよ」
「なればあの出城、良い餌になろうな」
得たりとばかりに幸村が佐助を見る。佐助は大きくため息をつき、助けを求めるように政宗へ顔を向けた。
「Well…とりあえずその”虚”ってのについて詳しく説明しな」
「説明も何も。ただ出城を開け放って、入ってきた敵を片っ端から斬るだけですよ…”影”がね」
「あの出城には敵の残した兵糧がござる。前も後ろも怪しいとなれば、窮鼠も米を選びましょう」
「Mouseの鼻先引っ掻いてお帰り願おうってか?」
政宗が興味を示し始めたのを見て、幸村は快活に笑った。
「その爪に毒があるとわかれば、退く以外にありますまい」
* * * * *
その夜、探していた人影を陣近くの木の上にみとめ、政宗は立ち止まった。
「よお忍び、務めご苦労」
「竜の旦那、どうかしました?」
佐助は静かに木を降りてきて、政宗の前の枝に足を引っ掛けてぶら下がった。
「真田の奴の作戦に随分難色だったじゃねぇか」
「…まぁ、ねえ。口で言うよりずっと陰惨なお仕事ですから」
戦場と違い、建物の中では忍びはほとんど姿を見せずに敵を討つことができる。入ってくる敵をただ静かに待てば良いという、忍びにはおあつらえ向きの戦術だった。
「できるか?」
「必ず」
「…それじゃあ、惨いのが嫌か?」
政宗の問いに、佐助は思わず吹き出した。
「それは今更でしょ。俺が嫌なのは別のこと」
「何だ?」
「これね、竜の旦那の手柄になるわけよ」
意外な言葉に、政宗は佐助をまじましと見た。この男でも手柄を欲しがるのかと、落胆よりも驚きが先に立つ。
「もちろん、上手くいけばあんたと真田に禄は出すぜ?」
「違う違う」
佐助が笑いながら首を振った。くるりと器用に体を起こし、ぶら下がっていた枝に座りなおした。
「『伊達は惨い』って風評付きの手柄だよ」
佐助の笑顔に、少しだけ苦いものが混ざる。
「真田の旦那はさ、あの性格だし大将の下にいるから平気だけどね…竜の旦那には直に降りかかってくるだろ」
未だに後方に憂いの残る伊達軍は、武田軍とは違う。
言外にほのめかせば、政宗はそれを知ってか知らずか少し困った顔をした。
「俺から言わせりゃそれこそ今更なんだがな…礼を言う。気をつかわせたな」
率直な優しさに慣れていない政宗は、そう言うのがやっとだった。その不器用な政宗の様子が、佐助にはこそばゆい。
「竜の旦那ってさぁ…」
「何だよ」
「無自覚だね」
「何が」
「…戦忍びの扱いがお上手で」
いいとこ見せたくなっちゃうよ、と言って笑う佐助に、政宗は訳がわからず顔をしかめた。
これだけでも一応SSになってる…はず。orz
お題01.の『闇にまぎれて』が、これの続きになるかも。
うちの幸村は大抵こんな感じです。別人ですんません。
(2007/2/13)