Ramification




「あっちへ抜けると蘆名領」
どこか空虚な目付きで、少年は南東の真っ青に晴れ渡った空を見た。
「海と戦が見たいなら、帰りはあちらを通るといい」
皮肉げに嘲笑(わら)って見せた少年の表情を眺めながら、やはり似ている、と幸村は思った。

陸奥の街道で、幸村は政宗を見つけた。
政宗だと思った。
考えてみれば、そんなはずはないのだとすぐに気が付きそうなものだった。つい数刻前まで政宗の居城で彼と話をし、城を出てからは並足とは言え馬で休み無く街道を進んでいたのだ。それでも何故かこの少年が道端の石に腰掛けて頬杖をついている姿を見たとき、幸村は少年を政宗かと錯覚し、下馬の礼をとって声をかけた。
見れば政宗よりも随分幼く、世間慣れしない体がある。両の目とも健在であったし、顔もそれほど似ていない。
しかし、嘲笑うと突然その幼さが引っ込み、驚くほど政宗に似ていた。
(そうか)
馬の顔を撫でてやりながら、その理由に気付いた。
(あの目だ)


* * * * *


政の話が終わり、政宗と茶を喫しながら話をしている時だった。先の戦で自分が立てた手柄についてや、甲斐の山々がすっかり新緑に包まれ、風光明媚なその景色をあらわしていることを滑々と語っていると、政宗の視線がどこか定まらず、光も無く虚空を見つめたままであることに気付き、幸村は口を噤んだ。覇気に満ち溢れ、鋭く光る竜の目以外幸村は目にしたことがなかったのだ。
「政宗殿」
声を小さくして名を呼ぶとはっとしたように政宗の目がこちらを向き、悪い、と呟いた。
「申し訳ありませぬ、退屈でござりましたか」
「いや、そうじゃねえよ」
自嘲気味に言って、政宗は姿勢を崩しながらため息をついた。
「悪いな、あんたには戦か政の話しかできねえ」
沈黙が降りた。
その言葉の底に沈む本当の意味を、幸村は痛いほど理解していた。政宗ほど多方面に詳しい者が話題に事欠くはずがない。ただ、上辺だけの世間話など、命を削りあうような斬り合いをした者同士には全く意味の無いものであったし、だからといって親密な話などは無意味どころか邪魔なものであった。唯一、純粋に己の信念を確かめる場所に、余念など持ち込みたくはないのだろう。
「十分でござる」
幸村は座を構え政宗のほうへ向き直った。
「戦や政の話だけで、某は十分でござります」
小さく頭を下げて目を瞑ったとき、幸村は内に抱いていた憧憬や尊敬の念の行き場を永遠に失っていた。


* * * * *


幸村が馬の轡を引き先へ行こうとすると、突然少年が立ち上がり、幸村の前に立ちはだかるようにして道を塞いだ。
「…何だ」
その問いに返答は無い。少年はあの嘲笑いを薄っすらと口許に浮かべ、刀を掴んだまま幸村に対峙していた。
「無事に帰りたいのなら、ひとつ、約束してもらおう」
幸村は、言葉を待った。
「二度と、兄上に近づくな」
「…兄だと?」
ちらりと少年の刀を盗み見ると、見覚えのある家紋が彫られている。
「たかだか一豪族の出が、調子付いて夢でも見たか」
幸村は珍しく無表情に冷たく少年を見ていたが、やがて落胆したようにため息を落とし、馬に飛び乗った。
「小童が…。片腹痛いわ」
「何だと…」
「先に貴様を見て政宗殿を思い出したが、気のせいであった。政宗殿に無礼であったわ」
「貴様っ!」
「意識してすら貰えないから他を排するか。あの方には無意味であろう」
ことさら冷たく言い放ち、幸村は馬に乗ったまま少年の傍を通り過ぎた。少年は振り向くことも出来ず、ただ怒りで肩を震わせていた。


「旦那」
少年の姿が見えなくなった頃、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえた。
「大人気ない」
「わかっている」
苦虫を噛み潰したような顔で幸村が唸った。
「だが、手に入らないと分かっているものをやらぬと言われて腹の立たぬ者がいるか」
左手に見える木の陰から、くつくつと忍び笑いが幸村の耳に届く。

「小童だねぇ。あの子も、旦那も。独眼竜も」










5月10日のメモに載せたSSのログ。
載せたつもりですっかり忘れてました。
当サイトの幸村は黒いわけではなくて…。
勢いで言ってしまってから「あんなこと言わなきゃよかったなぁ」とか後悔するタイプです多分。
(2007/8/1)