待ちがてに(2008/3/19,2008/5/13 Log)




いつでも、声は暗いほうから唐突に聞こえてくる。
物音は無い。
予兆も無ければ、規則的でも無い。
待てば来ず、気を抜けば淡然と。
いつでも、声は暗いほうから聞こえてくる。

知らず知らず暗がりにばかり気を取られ、微かでも衣擦れなどを捉えれば、まるで気にしていない体(てい)を装って。
そうして何も無く、夜を寂然として待ち明かす。
その自分の姿が、誰かに似ていると気付いたのは、山の端の白み始めた頃。
あの頃は、確か自分が暗がりにいて。

「待つ闇は」

明け六つも、声は暗いほうから聞こえてくる。

「待つ闇は何も運ばない。そう俺に教えたのは、あんただろ」
「・・・・・・それもそうだ」

待てば来ず、気を抜けば淡然と。
幾年前かに消えた声は、暗いほうから聞こえてくる。



* * * * *



初老の男が、初夏の日差しを避けて、まだ柔らかそうな木々の葉の影にたたずんでいた。何をするわけでもなく、小さな風にふっと呑んでいた煙草の煙をのせた。もう随分とながくそうしているのだが、小道を挟んだ向かいの野原で子供たちが声をたてるまで、男は時間が経つのも忘れるほどに物思いに耽っていた。
そろそろ戻らなければと、男が煙管を軽く叩いて煙草を捨てて顔をあげると、子供たちが草を口許にあてて息を吹いているのが目に入った。男はその様子に一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいき、思わず笑みがこぼれた。
「へたくそだなぁ、お前ら」
そう言って子供たちの近くにしゃがみ、草を抜いて吹いてみせた。高く澄んだ音が野に響き、子供たちがわっと歓声をあげ、男を囲んで教えてくれとせがみ始めた。男は笑ってそれに応え、教えながらまたひとつ空に渡るように草笛を吹いた。
「おじさん、上手」
子供が無邪気に笑いながら言うと、男は微笑んだまま首を振る。
「いや、俺もへたくそだ」
呟いて、空を見上げたままもう一度。



「旦那、草笛へったくそだねぇ」



あの戦から、もうどれだけの年月が経ったのだろう。










先往く影は、時の名残か、幻か。