2007/4/17 Log




「ほら、竜の旦那」
声と一緒に頭上から手の上に落とされたのは、安っぽいひょっとこの能面だった。
「忍びのくせに祭り見物たぁいいご身分だな」
「羨ましいでしょ?」
子供のような楽しげな声音に苦笑がもれた。
今、城下では豊年を祈念する祭がおこなわれている。先代まではささやかにおこなわれていたものだが、政宗がこれを盛大なものにし、人と物資の往来を大きくした。政宗自身は一度も祭を見たことがなかったが、城にも届くほどのお囃子が、この賑やかさを伝えていた。
「旦那も行けばいいのに」
「俺はいい。仕事も残ってるしな」
背後の気配に、振り向かずに能面を返した。
「あっちと違って奥州は魚が新鮮でいいね」
「そうかい」
相槌をうってやりながら、手は筆をはしらせるのを止めない。
「旦那、旦那」
軽く肩を叩かれて、政宗が顔を向けた。途端、目にひょっとこの顔が飛び込む。
「似合う?」
佐助の言葉に政宗は思わず噴き出した。
「ああ、似合う似合う。男前が上がったぜ」
「そりゃどうも」
佐助が笑いの収まらない政宗の手をとり、小さな巾着を上にのせた。藍色の紐で結ばれた口の間から、きらきらと何かが光って見える。
「とんぼ玉か?」
「根付の留め具に買ったんだけどさ、余っちゃったから」
だから、あげる。
政宗は顔を上げて佐助を見たが、佐助は小さく肩を竦ませるだけで、ひょっとこの能面のため表情はわからなかった。
「仕方ねえな、貰ってやるか」
「うわ、尊大」
小さな戯笑の後、能面にくぐもった「それじゃあ」という声が聞こえ、気配が消えた。政宗はそちらを見ないまま、文机の上にとんぼ玉をひろげた。
透き通ったとんぼ玉が転がりながら散らす光は、涼しげな縹色(はなだいろ)。
「It's Chic...ひょっとこにしちゃ良い色選ぶじゃねえか」
政宗は筆を置いたまま、一時その色とお囃子を楽しむことにした。










祭に浮かれていられない大人な伊達と、子供みたいなふりをして祭の時くらい伊達を休ませようとする佐助。