・・ ・ * ・ * The brightest holiday * ・ * ・ ・・




落ち着いた色合いのタータンチェックの包みに、鮮やかなクリスマスカラーのリボン。華美になりすぎないよう注意してもらっただけあって、その出来映えは洗練されたものだ。さすがは有名ブランドの品である。
12月24日の冷たい夜の空気。静まり返った研究室。デスクの冷え冷えとした蛍光灯の光で、佐助はもう一度用意したプレゼントを確認していた。
午後11時、既に他の学生達は色とりどりの明りで溢れる街中へと紛れてしまっていた。佐助ももちろん、こんな無機質な研究室からさっさと抜け出し、活気溢れるクリスマスイヴの街へ急ぐつもりだ。メインストリートに設置された大きなクリスマスツリーには、今は明りがついておらず、12時きっかりに他のイルミネーションを全て消し、一気にツリーを点灯させるらしい。ただでさえ人でごった返している大通りである。その時間にはきっと黒山の人だかりになっているだろう。
佐助は研究室の電気を消し、戸締りを確認して時計を見た。
政宗との待ち合わせの場所は、そのメインストリートより2通りほど駅から離れた場所にある静かなバーの前だ。
半年ほど前にたまたま見つけたそのバーを、「落ち着く」と言って政宗が気に入っていたため、その時からそこへ行く時は『静かに飲む』という暗黙の了解が出来、大抵は2人だけで飲みに行っていた。おかげでこんな日にでも政宗だけを誘いやすい場所だった。
実は、建物の隙間からだが、メインストリートのツリーがしっかりと見える。
バーの前でおち合った頃合に、おそらくタイミングよくツリーが点灯するはずだ。
昨年のクリスマスがただの雪下ろしで終わってしまっただけに、今年は何としてでもプレゼントを渡すつもりだった。
いざという時に妙な意地を張ってしまう自分のことだ、きっとせっかくプレゼントを渡す時にも「いつも旦那が世話になってるから」だの、いらぬ言い訳を付け足してしまうのだろう。
だからせめて、雰囲気だけでも完璧にしたい。
我ながら情けないと思いつつ、佐助は街へ向かうバスに乗った。


* * * * *


待ち合わせの時間より少し遅れてしまったが、バーの前にはまだ政宗の姿はなかった。
ツリーが点灯するまで、あと5分もない。
落ち着き無く辺りを見回しながら待ち、佐助が焦り始めた頃、ようやく政宗が現れた。
「遅刻!」
「ああ、悪い」

(あれ?)

政宗の様子が、いつもと違う。何というか、普段より、
(おとなしいな…)
いつもなら、遅刻をしたと文句を言えば、謝ったとしてもずいぶんと不機嫌そうな態度をとるのだが。
苦笑して視線をそらすその顔も、どこかぎこちない。
「…どうかした?」
「は?別に何も、」
「煙草の匂いがする」
驚いてこちらを向いた政宗に、佐助はやんわりと笑ってみせた。
数ヶ月前にやめたはずの煙草の匂いが、ほんの微か、冷たい空気の中に戸惑うようにゆれる。煙草を吸うときの政宗は、大抵苛々していたり、時々はどこか不安そうだった。
あんたに話すような事じゃない、とため息混じりに言いながら、政宗はガードレールに寄りかかった。同じように隣に寄りかかり、佐助は何も言わずに先を待つ。何となく、政宗が取り出した煙草に火をつける仕草から目を逸らした。
「親父が倒れたって、さっき連絡があった」
その横顔を見ると、政宗は眉根を寄せてふっと白い煙をはいた。
「前帰ったときは元気すぎるくらいだったのによぉ」
「帰らなくていいのか?」
「終電も終わってるしな、明日の始発で行くつもりだ」
「そう…」
言葉を出そうとしては逡巡し、結局ため息になって白く散る。身を切るような寒さに、佐助は行き場を失った両手をポケットに突っ込んだ。不意に、政宗が小さく声を出した。顔を上げると、政宗は通りの向こうへ視線をやっている。耳に入る遠い観衆のざわめきの中に、この夜を祝う挨拶が聞こえる。
佐助は美しく輝いているはずのメインストリートの方角へ目を向けることが出来ず、ただ政宗の横顔を見る。
「帰ったほうがいいよ」
その言葉に驚いたのは、佐助自身だった。
「朝早いんだろ?もう休んだほうがいい」
「…悪いな」
「いいって、酒はいつでも飲めるし、辛気臭い酒なんて飲みたくないし?でも煙草は没収」
冗談めかして言うと、ようやく政宗がいつもの表情をみせた。


政宗が雑踏の中へ消えるのを見送って、佐助はまたため息をついた。政宗から取り上げた煙草に火をつけ、初めての煙草の味にむせ返る。

ごめん。

こんな時に、こんな浮かれた場所になんて来たくなかっただろうに。

「ほんと、情けないよなぁ…」
小さく苦笑し、佐助はタータンチェックの包みをゴミ箱に投げ入れた。


* * * * *


枕元で携帯が騒いでいる。
目覚ましなんてかけてないのに、と、本来の機能を無視して佐助は騒ぎ続ける携帯をつかんだ。
携帯を開いて、そこに出ている名前に寝ぼけていた脳が一気に目を覚ました。
「も、もしもし?」
『…なんだ、まだ寝てたのか?』
政宗の呆れた声が聞こえてきた。時計を見ると、針は既に正午過ぎを指していた。
「いや、それよりどうしたの?」
『あー、あのな…』
言い難いことなのか、政宗が躊躇しているのがわかる。
『親父な、仮病だった』
「……はぁっ?!」
今年は帰らない、雪下ろしは手伝わないと政宗は事前に実家に連絡していたらしい。それが気に食わなかった父親が、なんとか政宗を実家に帰らせようとして仮病をつかったのだった。
「仮病?」
『ああ』
「けびょう…」
うなだれる佐助に、政宗が悪かったなぁと言いながら笑う。
一通り話し終えて携帯を切ると、佐助はそのまま布団のなかに頭まで潜ってしまった。










大学生活2年目でした。
「プレゼントの中身なんて、野暮なこと聞かない!」
(2007/12/10)