焦がれ鳥
近づきたいと渇望したときから始まった毀壊(きかい)が、あまりにも心地良い。
(だから、いいんだ)
その姿を捜し彷徨うだけで、脆く崩れていくことすら、厭わずに。
その羽根は赤い水を含んで重く、届かない空をただ見上げれば、あるはずの姿は見当たらない。
こちらの閉ざしていたものを事も無げに解いたというのに、この空を舞うのに羽根すらいらないその姿だけが見つけられない。
(まだ、そんなところにいるのか)
どうにか踏み出した足は、まるで土くれで出来ているかのように、僅かな風にすら毀たれていく。
いつかその姿の前にたどり着いた時には、この土くれは瓦解しているのだろうけれど。
(それでいい)
ほんの一瞬でも、あの竜が何のしがらみも無くこの空に戻ることが出来ればいい。
黒い羽根を引き摺りながら進む鳥の後ろには、赤い軌跡が細く残されていく。
「どういうつもりだ」
いくら天井裏に忍び込んでも驚きもせず、すぐに見つけてしまうというのに、こうやって姿を現すと面白いほどに表情が変わった。思わず笑うと声の変わりに少しだけ血が溢れた。その様子に、政宗が眉を寄せる。左手は刀の柄を握ったまま、静かに近寄ると、屈んで遠慮も無く佐助の髪を掴み首を反らせた。そこには刃物で出来た一寸程度の傷がある。
「毒か」
上向かされたために溢れた血が気管へ伝い、大きく咳き込むと腹の傷がまた開いた。髪から手が離され、血を吐き出すとようやく空気が入る。政宗は何も言わないまま、窓から少し乗り出して外の様子を窺い、何の気配も無いことを確かめると音も立てずに戸を下ろした。それを見た佐助が、無理矢理に体を起こし、言葉にならない音をもらした。いつもの不遜な態度も無く、佐助が血を吐きながら無理に何か言おうとするのを止めようともせず、政宗は佐助の口許に自分の耳を近づけた。
死に近い人間を扱いなれた男は、ただ静かに遺されるものを受け止めようと耳を澄ます。
「戸を、」
それ以上は言葉にならなかったが、政宗は黙ったまま先ほど自ら下ろした戸をもう一度上げた。
その隻眼に、一瞬映った月や星々の光を、穏やかな闇を、その儚い色をとどめようと、佐助はただ必死に顔を上げる。
「良い夜だ」
囁くようなその声が、何も知らないはずの目の前の男が言った言葉が、胸の奥が張り裂けそうなほどに嬉しくて。
こぼれかけた小さな嗚咽は、音も無く血に呑まれていった。
なんてしがらみの多い人だ。
この人に、自分はこんなことしかできない。
知らせてしまえばまた新しい憂いが生まれる、子供だましな贈り物。
本人にすらわからない程度の僅かな解放しか与えられない。
「…黒川を、落として、きた」
絞り出すように言うと、竜の目が驚きに見開かれ、すぐに国主のそれに戻ってしまった。何か言おうと口を動かしたが、結局何も言わず、静かに佐助に歩み寄り、そっとその髪に触れた。
「…死ぬな」
来た時よりも足早に部屋から立ち去るその後姿を見送ると、酷く惨めで、泣きたくなった。
濡れた羽根で出来ることなど、この程度なのだ。
あの竜を空に戻そうと、もがけばもがくほど己の無力が邪魔をして、自身の瓦解が進んでいく。
何も救えないまま、ただ細く、赤い軌跡だけが延びていく。
伊達の為に敵方の城をひとつ落としてみたけど、結局どうにもならないなぁと実感してるんです。
自由になんてさせられないと初めから分かっていたのに、それしか出来ない佐助。
うーん、ほとんど説明した。二行でいいんじゃないかコレ…!orz
(2007/7/11)