Perfume
(しまった)
そう思ったときには、その流れ弾は佐助の帷子を砕いていた。しかし勢いを削がれたそれは、わき腹を貫きはしなかった。
敵も味方もわからない混戦状態で、誰が放ったのかもわからない、殺気をはらまない銃弾。
出血し、一瞬目の前が暗くなる。佐助は傷口をおさえ、その場から退いた。
戦が長引いていた。
数刻前から小競り合いを繰り返し、兵の疲弊が甚だしい。特に状況の酷い最前線をどうにか奮い立たせようと、佐助は数人の戦忍を放ち、自らもそこへ向かったのだった。
戦場からそれほど離れていない茂みの中に、佐助は身を隠した。自分からにおう硝煙と血のにおいに吐き気がする。
(まぁ、敵の数は、減らしたし…もうすぐ大将が援軍をおくってくれるし…)
大丈夫だろ、と、半ば自分に言い聞かせるように呟き、木の根元に凭れ掛かった。ともすれば閉じてしまいそうになる瞼を、ほんの少し残った気力でなんとか耐えようとするが、失血のために意識がうすらぐ。
「何、してんだか…」
言って、自分の言葉に自嘲する。
今さら戦が嫌だとは思わない。もちろん好んで戦おうとも思わないが、それでも命の奪い合いに意味を見出そうとするような、青臭いことはしなくなった。
ただ、偶に考えることがある。
(忍じゃなかったら、もう少しましだったかな…)
人を殺めることも、わき腹に残った銃弾に苦しむこともなかっただろうか。忍ではなく、行商人かなにかだったらどうだろうと、自分の姿を思い、敵地を偵察している時の自分とほとんど変わらないじゃないか、と苦笑がもれた。
「何笑ってんだよ、気持ちわりいな」
突然聞こえたその声に、佐助は瞠目した。
遠のきかけていた意識が一気に引き戻され、同時に傷口の痛みまでよみがえる。あまりの激痛に息が詰まったが、それでもその声の主に目を向けた。
「…っ、なっ…」
「よお、久しいな」
目の前に立っているのは、紛れもなく。隻眼の。
「ど…げほっ」
「Temper,temper!援軍に来てやったんだよ…っとそうだ、さっさと行かねぇと」
「ちょ、ちょっと!」
立ち去ろうとする政宗の、陣羽織の裾を慌てて掴む。大きく動いたせいでまた傷口から血が流れた。怪訝な顔で政宗が振り向く。
「いっ…てぇ」
「んだよ、俺に何か用でもあんのか?」
「い、いちおう怪我人なんですけど…」
引きつっているであろう自分の顔と、わき腹の傷を見比べる政宗を、佐助は藁にも縋る思いで見つめた。わざとらしく盛大にため息をつき、政宗が佐助のほうに向き直った。
「へへ、申し訳ない」
「そう思うんならもっと申し訳なさそうにしやがれ」
屈んで傷口をのぞき込む政宗に、悪いね、ともう一度呟く。
深く呼吸をすると、乾いた砂埃のにおいがした。
ずいぶん派手にやられたじゃねぇか、と言う政宗の声が聞こえたような気がした。安心して気が抜けたのか、また意識が朦朧としていた。政宗が懐刀でぼろぼろになった佐助の帷子を器用に裂くのをぼんやりと眺めながら、その状況が妙にこそばゆく思える。
忍など眼中にないと言った男が、その忍を介抱している。
こんな場所でなければ人扱いもされない乱波を、一国の主が。
帷子をはずすため、政宗が佐助の腰に手を回した。その仕草が。
(煽情的…)
「切るぞ」
「…はっ?!え、ちょっ!」
政宗の言葉に、さてはぼんやりしていてさっきのを口に出してしまっていたか、と思ったが、相手が本当に懐刀を佐助の腹にあてがったのには、さすがに慌てた。傷口に冷たい痛みが加わったかと思うと、今度は強く押さえつけられる。
「いぃっ…!でででででっ!」
「Hush!我慢しやがれ」
しばらくしてようやくその痛みから解放されたとき、肩で息をする佐助の目の前に、彼の血がついた政宗の手が出された。その上には、先ほどまで彼のわき腹の中に納まっていた弾丸がのっていた。佐助が涙目で見上げると、口の端を上げて得意げに笑う政宗と目が合う。
「死にかけた記念にとっとくかい?」
「け、結構です…」
「Ha!」
止血され、布が巻かれると、応急処置ではあるがずいぶんと気分がはれた。今度こそ安堵のため息をつく佐助の耳に、ほら貝の音が聞こえた。敵陣退却の合図だった。
「Shit,出遅れた」
悔しそうに舌打ちする政宗の横顔を見ながら、佐助はふとさっきまで考えていたことを思い出す。
もし、忍ではなかったら。
目の前の独眼竜の横顔を見ることも。
こんなことを思うことも…。
「…行商人でなくてよかったよ」
「あ?」
「いえいえ、何でも」
「ったく、てめえのせいで暴れ損ねたじゃねぇか…じゃあな、あとは自分で何とかしろよ」
「どーも」
立ち去る政宗の後姿を見送り、佐助はもう一度深く息を吸った。冷たい風は、冬独特の乾いたかおりがする。忘れていったのか、傍らに置かれた政宗の懐刀に気付き、手に取った。美しい竜の装飾とともに、伊達家の家紋が彫られた豪奢なものだ。ほんの少し鞘から抜いてその白刃を覗くと、表情が自然と緩んでしまうのを抑えられない。
「忍冥利に尽きるってね」
自分についた硝煙と血のにおいが、風に少しずつ溶けていく。
このままそれを待つのも悪くないと、佐助は目を瞑った。
と、とりあえず習作…orz
誤字脱字等、こっそり教えていただけるとありがたいです。
(2006/12/21)