06.星の数ほど
北へ行く街道の途中にある茶屋で漬物をつまみながら、武将という生き物は大概物好きか、もしくは少しおかしいのだと、佐助は思った。
でなければ、他国の忍びを見つけて声をかけ、あまつさえこんな日暮れ時に町を案内させようなどと、誰が考えるものか。
(大体…)
佐助は隣で紫煙をくゆらす隻眼の男を見た。
戦で数度顔を見た程度で、親しいわけでもない。それどころか一度面と向かって嫌いだと言い放った相手に話しかけるなど、一体どういう神経をしているのか。
これ見よがしにため息をついてみたが、眼帯に隠れた横顔では表情をうかがうこともできない。
「あー、竜の旦那?」
返事の代わりに、政宗がふうっと煙を吐いた。日が沈み、薄暗くなった空に白い煙が散っていく。佐助は構わずに続けた。
「そろそろ茶屋閉まっちゃうんだけど…」
「…ああ」
こちらの話を聞いているのか、いないのか。
政宗の生返事に苛立ちが募る。やはりこの男だけはよく分からない。
街道沿いの田舎町の方角に目を向けるが、明かりがついているのは民家ばかりで、他は早々と店じまいのため片づけを始めている。
「どこ案内しろってのさ、こんな時間に」
思わず不平が口から漏れた。それとほぼ同時に、政宗がようやく立ち上がった。
「昼間っから蛍見に行く馬鹿がいるかよ」
一瞬、自分の耳を疑った。
「……何を見に行くって?」
「だから、蛍だよ」
ひとりで行けよ。
喉元まで出かかった言葉をなんとか押さえ込む。
この程度で苛立っているということを知られたくなかった。
仕事柄いろいろな人々と接してきたが、これほど嫌いだと思ったのは初めてだった。
いっそこの油断しきった竜の首を掻き切ってやろうかと思ったが、忍びである佐助が、それをためらった。
正攻法で殺したくなるのだ、この男は。
単純な力押しで勝つことができたのなら、どんなに気分が良いことか。
「おい」
「はい?」
振り向くと、後を付いて歩く政宗がにっと笑った。
「忍びのくせに、殺気立ってんじゃねえよ」
「……」
やはりこの男だけは苦手だ。
「ほら、お望みの蛍ですよ、お殿様」
「…うわ」
政宗の口から漏れたのは、美しい情景を褒め称える言葉でも、感動からの無意識のためいきでも無く。
「これだけいると風情もへったくれもねえな…」
異常繁殖した蛍による、光の氾濫への落胆だった。
「蛍を見たいって言ったのはアンタだろ」
「嫌な野郎だぜ」
「お互い様でしょ」
楽しげに言う佐助に、政宗が苦笑した。
気持ち悪い、と、蛍にとっては理不尽な文句を言いながらそれを眺める政宗と、その向こうの暗がりを見ながら、佐助はぼんやりと思考を巡らせていた。蛍が飛び交うせいで、暗がりと夜空の境界がひどく不鮮明だった。虫と星など、比べようも無いほど全く別のものだというのに。
「なぁ…」
佐助の声に、政宗が振り返った。
返事も無く、それだけだというのに。
(どうかしてる)
胸の奥がざわつく。
それが苛立ちなのか、それとも別の感情か。
その狭間で揺れる光のように。
「…俺、アンタのこと嫌いだわ」
「Ha、そりゃ前にも聞いたぜ?」
笑みを浮かべる政宗に、佐助はゆっくり首を振った。
聞こえているはずがない。
自分ですら、まだ測りきれずにいるのだから。
「腐るほど人を見てきたけどさ…アンタだけなんだよ」
暗がりと夜空の境界を見分けられずに、朝が来てしまう。
そんなかんじのサスダテ。
(2007/2/6)