04.午前零時のナイトウォーカー
「何してんの?」
「…散歩」
「こんな時間に?」
振り返れば見知った顔の忍が、相変わらずどこか余裕のある笑顔で立っている。
甲斐と一時的に同盟を結んでからというもの、この忍はよく政宗の前に現れた。
雪が積もっているというのに、佐助は忍装束だけという薄着で、見ているこちらが寒くなる。
奥州の冬は厳しい。
夜風は刺すように冷たく、月明かりに照らされた白い雪は、その優しげな色とは裏腹に足から体温を奪っていく。
「あんたは」
「ちょっとね、仕事の帰り」
ちょっと、などという距離ではない気もするが、佐助が立場上それしか言えないことを知っている政宗は、それ以上は詮索しなかった。
ゆっくりと歩き出すと、後ろから足音が同じ速度でついてくる。
雲ひとつ無い美しい月夜だった。
吐く息は白く凍りつき、全ての音が雪に呑まれ、響くのは雪を踏む足音だけ。
「竜の旦那」
静寂を崩さない、柔らかい声音。
「眠れない?」
「…違う」
足を止め、佐助の目を見てはっきりと言う。
「眠りすぎたんだよ」
佐助の顔に、一瞬だけ緊張が走った。
戦の無い国という響きの、何と甘美なことだろうか。
見ているだけならば、青い海原も、凍りついた雪原も、果てしなく美しい。
今夜のような青白く輝く月も、部屋から大人しく見ているだけならば良かったのだ。
立ち入ってしまったばかりに、怜悧な白が体からあらゆる感覚を奪っていく。
ここにはいられない。
戦の無いままに留まっていれば、いずれ駄目になる。
どんな時代の中で生まれてきたのか、どうやって生きてきたのか、思い知らされた。
美しさに憧れるばかりで、そのなかで生きる術を知らないのだ。
「戦を…」
「旦那」
そっと伸びてきた手が、頬に触れるとやはり冷たかった。
ほら、お前も。
このままでは。
「もう少し、待ってくれ」
片方しかない目がかすんだ。
「もう少し…」
耐えられるだけ耐えてみないか、と、柔らかい声が言った。
頬の濡れた軌跡を、冷たい指がそっと消していく。
「俺は、ここにはいられない」
「…でも、ここにいたいんだろ?」
旦那がここにいられるように、何でもしてあげる。
縋り付きたいほどに優しい声も、きっと。
美しい景色の中で、すぐに白く凍りついてしまうのだろう。
現という夢から覚めた人。
ナイトウォーカー(夢遊病者)