03.夜の顔
「辻斬りだそうだ」
幸村が持ってきた瓦版を、佐助と政宗が覗き込んだ。
ひとりは、嫌だねぇと普通の反応を示し、もうひとりはいかにも退屈そうに首の辺りを掻き、ふうん、と言っただけだった。
佐助の住む長屋に、幸村と政宗は暇さえあれば立ち寄っていた。
佐助は幸村の家で奉公人をしており、その聡さのおかげで特別目を掛けられていた。
幸村は佐助を兄のように慕い、時折この長屋に来ては他愛も無い無駄話をして帰っていった。真田の家が、もともとそういった身分の差でとやかく言うほうではなかったので、佐助もあまり気にしていなかったが、他家の嫡男までこのお世辞にも綺麗とは言えない長屋へ連れてきたのにはさすがに閉口した。
もっとも、連れてこられた政宗も、初めのうちこそ物珍しそうにしていたが、すぐに自分の家のように寛いでいた。
江戸の一大事件を知らせたつもりだった幸村は、2人の反応の薄さに少し落胆した。その肩を佐助が笑いながら叩く。
「ま、何だかんだ言って最近は珍しくもないし…」
「そうそう。こんなご時世じゃ、刀の切れ味試そうとしたら辻斬りしかねぇんだよ」
「不謹慎ですぞ、政宗殿!」
「お前のだって飾りじゃねぇだろが」
「某は意味も無く人を殺めたりはいたしませぬ」
憮然として自分の刀を横に置きなおした。手入れの行き届いたそれは、抜けば血を見ずには収まらないと言われた妖刀、村正だ。幸村は気を取り直すように咳払いをし、改めて瓦版を2人に見せる。
「この事件で既に3人切られているそうだ。そこで」
「…」
佐助が嫌な予感に眉間にしわを寄せた。
「この幸村、辻斬りの下手人をひっ捕らえ…」
「あー!はいはいはい真田の旦那は忙しいでしょ剣術に書き物に!余計なことしない!」
面倒ごとを起こすな、とはっきり顔に書かれた佐助を見ながら、政宗がにっと人悪い笑みを浮かべた。
「面白そうじゃねぇか、俺もついてくぜ」
「ちょっ…!伊達の旦那!」
「おお!政宗殿がついて来て下されば、この幸村も心強うござります」
「あーもー!どうなっても知らないよ俺は!」
* * * * *
その日の夜、幸村と政宗は辻斬りが出ると言われている裏長屋を歩いていた。
夜も更け、辺りはすっかり暗くなり、明かりひとつでは多少心許ない。
周囲をうかがうが、猫の子一匹見当たらなかった。
「やっぱり2人いたら出てこねぇんじゃねえか?別行動しようぜ」
「し、しかし!政宗殿に何かあったら、某の立つ瀬がござらぬ」
「じゃあどうすんだよ」
幸村が頭を抱えていると、突然悲鳴が響いた。2人は悲鳴のしたほうを見て、顔を見合わせる。幸村は持っていた行灯を政宗に無理やり持たせ、自分は刀の柄を握りなおして走り出した。
「言い出したのは某にござる、政宗殿はそちらでお待ちくだされ!」
「あ、てめっ!待て!」
幸村が悲鳴の聞こえた場所に着くと、長屋の住人らしい男が、寝間着のまま道に座り込んでがたがた震えていた。その近くには、帯刀した男が倒れている。
「どうした?!」
「し、小便に出てきたら、ひ、人が、倒れてて」
うつ伏せに倒れた男を仰向かせると、右肩から見事なまでに袈裟切りに斬られている。男の刀は鞘に納まったままだった。体は既に冷たく、斬られてから随分と時間が経っているらしい。
幸村は座り込んだまま立てずに居る寝間着の男に肩を貸してやり、長屋まで送ってやった。
倒れた男の首筋に、目を凝らさなくてはわからない程度の、ごく薄い傷があることには、幸村は気づかなかった。
行灯を持たされ、置いてけぼりを食らった政宗は、木にもたれかかっていらいらと煙管をふかしていた。
「あ、いたいた!伊達の旦那」
「佐助か」
暗がりでもわかる明るい髪を見て、政宗が行灯を向けた。
夜目の利く佐助は、真夜中でもいつも明かりを持っていなかった。
「あれ、真田の旦那は?」
「ひとりで行っちまった」
「やれやれ…一応迎えに行ってあげましょうかね」
政宗の持っていた行灯を受け取り、佐助が先を照らしながら歩いた。煙管の灰を叩き出し、政宗も後に続く。
「骨折り損だったみたいだね」
「うるせえよ」
軽口を叩きながら、行灯に照らされた道を歩く。
「これに懲りて、もう馬鹿なことしないでくれよ」
「そりゃてめえの主に言ったらどうだ」
「それもそうだ」
分かれた道を右へ曲がり、水路に沿って暗い裏長屋を進む。
立ち止まることなく進む佐助に、ふと、政宗があることを疑問に思って口にした。
「佐助」
「ん?」
「お前、なんで場所がわかるんだ?」
饒舌だった佐助が、黙り込んだ。斜め後ろを歩いているためはっきりとはわからないが、佐助の表情はいつもと変わらず、人好きのする笑みを浮かべているように見える。
「ねえ旦那、”虻”って知ってる?」
突然のおかしな質問に、政宗が怪訝な表情を浮かべた。
「…甲賀の草の隠語でね」
その言葉に、政宗は瞠目した。夜目の利く真田の奉公人は、行灯に照らされた足元より、少し先を見て歩いている。
「暗殺術のひとつ」
毒を仕込んだ忍刀で、気づかれないほどに薄く、素早く首の皮を切る。
それだけで、相手が数歩あるくうちに毒がまわり、ふっと倒れて、それきりになる。
佐助の足が止まった。
政宗が反射的に刀に手をやると、それが引き抜かれるよりも早く、佐助の手が柄を押さえつけた。
「ここから先は、大人のお仕事」
低く囁かれる声は、額が触れそうなほどの距離だというのに、聞き取るのがやっとだった。
いつもとは正反対の冷たい光を帯びた瞳が、政宗の顔を映している。
政宗の右手が刀から離され、そっと行灯が渡される。
「馬鹿なこと、しないでくれよ?」
それだけ言うと、佐助はいつものように笑って静かに消えてしまった。
政宗が呆然としたまま突っ立っていると、奉行所へ知らせを送ってきた幸村が、彼に気づいて走ってきた。
「政宗殿!どうなされた?!」
「…辻斬りを見た」
「辻斬りを?!」
どこで見たのか、どんな男だったかと聞いてくる幸村に、政宗は適当に相槌をうった。
興奮気味の幸村は、なおもしゃべり続ける。
「明日佐助に話したら、さぞ驚きましょうな!」
「ああ、そうだな」
驚くだろうな、と言いながら、政宗が急にくすくすと笑い出した。
「明日会うのが楽しみだ」
政宗の上機嫌な声に、幸村は不思議そうに首をかしげるばかりだった。
佐助は辻斬りしてた訳ではなくて、辻斬りに見せかけて仕事をしてたということで。
幸村は知らないっぽいですが、おそらく真田さんちの仕事。
説明しないとわからない未完なSS…orz
(2007/2/1)